大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1025号 判決

控訴人 被告 島本ムメ

被控訴人 原告 福島つぢ

訴訟代理人 内山弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め。被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

控訴人は、原審ならびに当審を通じ終始出頭せず、裁判所は、控訴人の提出した答弁書、控訴状を陳述したものとみなして出頭した相手方に弁論を命じたのであるが、被控訴代理人の陳述した原審における弁論の結果によれば、当事者双方の事実上の主張は、原判決に摘示されているとおりであるので、ここにこれを引用する。

理由

被控訴人主張の約束手形の振出ならびに支払のための呈示、拒絶に関する事実は、控訴人の認めて争わないところであつて、右手形の振出地、支払地はたんに東京都とのみ記載されているが、振出人たる控訴人の住所として「東京都世田谷区若林町二五一」と記載されているので、手形法第七十六条第三項第四項により本件手形の振出地、支払地はいずれも東京都世田谷区とみなすべく、手形要件には何ら欠くるところがないものとなすべきである。

よつて控訴人の抗弁につき審究するに、控訴人は、被控訴人に対し金十一万千七百円の立替金債務を有するをもつて、これと本件手形債務と対当額において相殺する旨主張するけれども、右債務の存在を証明するに足る証拠がない。もつとも控訴人は、当審において右事実を証するため、期日前に証人高橋一二の尋問の申出をなし、当裁判所は、一たんこれを採用して昭和三十二年十月十九日午後一時の口頭弁論期日に取り調ぶべき旨決定したのであるが、右期日には右証人は何ら理由を示さずして出頭せず、控訴人もまた、病気及び老齢を理由として診断書添附の上書面による期日変更申請をなしたまま出頭しなかつたので、当裁判所は、相手方の意見をきいた上右申請を理由なしとして却下し、ついで右証人取調決定を取り消して尋問しないこととして弁論を終結したのである。このような場合普通であるならば、右変更申請を許容し、証拠調ならびに弁論のため新期日を指定するのが相当であるであろう。しかしながら、本件の場合は、控訴人は、原審ならびに当審を通じで終始口頭弁論期日に出頭していないのであつて、その理由とするところは病気である。このように久しきにわたる病気のため引きつづき出頭できないときは、しかるべき訴訟代理人を選任するなりして訴訟の促進をはかるのが訴訟当事者として当然なすべきところであつて、漫然病気を理由として訴訟の遷延をはかることは許されないところである。そして、証人高橋一二の不出頭が正当の理由に基くかどうかは別として、仮りに同人が出頭した場合、同人をまず尋問するのは控訴人であつて、その控訴人がこれに対処すべき方策を講じないで出頭しないのは、いわば主尋問権の放棄とひとしく、主尋問のないところ反対尋問、補充尋問もまたないのである。すなわち、訴訟全体の経過からみるときは、控訴人は、故意に訴訟の引き延しをはかつておるといわれても仕様がないのであつて、このような場合には、いわゆる唯一の証拠であつても却下することができるものというべきである。しかのみならず、被控訴人は控訴人の抗弁事実を強く否認しているのであつて、その弁論の全趣旨からみて控訴人の抗争の理由のないことがうかがわれるのである。

しからば、控訴人は被控訴人に対し本件手形金十六万千円ならびにこれに対する呈示の日の翌日である昭和二十九年七月十一日から支払ずみまで年六分に相当する金員を支払うべき義務があり、被控訴人の本訴請求は正当であつてこれを認容した原判決は相当であり、控訴人の控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例